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パープル・サンフラワー(小説)

マルタン丸山

小説





(パープル・サンフラワー第十四章)




      

リビアンスター(リビアの星)






<若き日の革命家・

カダフィ大佐の話>



マルタン丸山




2011年(平成23年)10月

世界中の各朝刊の見出しに、

「カダフィ大佐(69)死亡・

独裁42年幕。

リビア評議会全土制圧」。

「国民評議会が、殺害。

反カダフィ派が表明。

映像と食い違い、論議も……」

と掲載された。 

そして、

「シルト近郊にある

コンクリートの下水管の

穴に隠れていた。

両足と頭にケガをしており、

反カダフィ派の兵士と

言葉を交わした後死んだ。

黄金色の銃2丁と自動小銃を持ち、

ターバンを巻いていた。」

と、カダフィ氏を捕らえたという

反カダフィ派兵士は、

英BBCに語り、

「カダフィは、

撃つな、撃つな と

二度繰り返し叫んだ」

と話した。

また、反カダフィ派組織・

国民評議会のジブリル暫定首相は、

20日夜、

首都トリポリで

記者団に対し、

カダフィ氏の死因について、

「カダフィ支持者と

反カダフィ派の戦闘中に

頭に被弾した。」と述べた。

 また、

北大西洋条約機構(NATO)の

説明によると、

「現地時間20日午前8時半ごろ、

シルト郊外で軍用車両

約75台からなる

カダフィ派の一団を

NATOの爆撃機が確認。

市民を攻撃するのに

十分な数の武器を

携えていたため、

攻撃を加え、

計11台を破壊した」といい、

 「その直後、

反カダフィ派部隊が

小型ロケット砲などで

3時間にわたり車列を攻撃し、

激しい戦闘となった。」

このため、

「カダフィ氏は近くの

下水用の穴に逃げ込んだ。

間もなく、

反カダフィ派部隊が

カダフィ氏を見つけ、

片手に自動小銃、

片手に拳銃を持って出てきた。

そして、

そのあと次のように

若い兵士に訴えた。

『撃つな、撃つな、息子たちよ、

殺さないでくれ。』」

「カザフィ氏とは、

一九六九年の九月一日に

『無血革命』によって

リビア王政を覆し

「社会主義人民リビア・アラブ国」を

樹立した 革命児・英雄だ。」






 栗須(くりす)は、

ここまで新聞を読んで、

42年前(1969年)のことを回想した。







アフリカの北部のシドラ湾から

サハラ砂漠にかけての

「リビア国」。

この国は、

一九五二年にイスラム教の

民族解放の旗印で

国連決議によって

イタリア・イギリス・フランスの

植民地からの「独立した国」だった。

国王「イドリース」は

イスラム教の

サヌーシー派で、

どちらかといえば

欧米よりの政策を

とっていたことも

功を奏していた。

が、イドリースは、

種族を率いて

砂漠を渡り歩くのには

優れていたが、

一ヵ所に留まり

「国」を治める能力はなかった。

彼は、

欧米に軍事基地の提供で

『経済援助』をうけるというやり方、

いわゆる植民地時代と

寸分も違わないやり方で

細々と生きていた。

「国民」はいつまでたっても

貧しい生活、

たとえば

「海綿」や「エスパルト」という

「麻薬」に似た煙草の売り上げで

生活していた。

そんなとき、

『良質の石油』が発見され、

植民地政策の流れを

断ち切れかけた。

が、イドリース国王は

その利権と引き換えに

『王政存続』だけに終始した。

イギリス・フランスは、

イタリアをほり出して、

二国だけの、

東西に自由な活動地域を得て、

そこに軍隊を置いた。

自分たちの力を鼓舞(こぶ)するために。





「国民」はその恩恵を一切受けず、

『貧困』は

更にひどい状態になっていたのだ。





「若き一人の将校」は、

その社会が許せなかった。

大国の支配の基での国家は、

『植民地』になり、

国民が「奴隷」のようになることが、

許せなかった。

その「カザフィ将校」は、

『無血革命』によって王政を覆し

「社会主義人民リビア・アラブ国」を

樹立した。

この『無血革命』は、

他に例がないと言っても

過言ではない

『 革命 』である。







彼は、

小国を蝕(むしば)む大国を嫌った。

大国に脅かされないためには、

『独裁』しかない。

独裁は、人民を隔離し、

密告・通報を生み、

人民に恐怖を抱かせる。

そして、その独裁は、

いつか必ず滅び去る。

歴史が証明している。

分かっているが、

彼は、

「大国に対する脅え」のために

「鎖国・独裁」に走った。



そして、今、カダフィは、

「アラブの春」の革命によって

処刑(殺害)された。

しかも、

42年前までの支配者、

イギリスとフランスの

「NATO軍」によってである。





「アラブの春」・「リビアの春」は、

本当に民主主義・自由主義・

資本主義になりえるのか、・・・




42年前に、彼は、

「人民を無視した政治を打倒する。」

と叫んでいたが、

42年後には、

同じように、

叫ばれて撃たれた。



若き時の革命精神は、

時が徐々に蝕(むしば)み、

己の欲だけに陥るのか。

あの頃の彼は、

間違いなく、

「若きヒーロー革命児」だった。

42年前の彼は、

「無血革命」の「英雄」だった。

「若々しく溌剌とした男」だった。

しかも、人々から

「リ・ビ・ア・ン・ス・ター」

(リビアの星)

と まで呼ばれていた。





「革命の歴史」のなかで、

他にはない、

その「カダフィ将校」の

「名誉」のために、

42年前のことを書き残しておこう、と

栗須は思った。





「無血革命の英雄」


「リビアンスター」と

「三人の男たち」の話を・・・。







1969年、

栗須(クリス)は、

フランス人のダニーと、

アメリカ人のビルと3人で、

「チェ・ゲバラ」の捜索のために、

アフリカの国「リビア」に飛んでいた。





中国の独裁者

マオツオトン・ジュウシ

(毛沢東主席)と

アメリカの大統領補佐官

キッシンジャとの約束のためだ。・・・





   第11章の
『マオ・ジュウシの駆け引き』・

 第13章
『飛べ!低く飛べ!』を参照下さい。








★★★ 1 リビア・トリポリ★★★


・・・・ 1969年・・・・・





「サラーム……。」

「何?」

「サムール・アレイ・クム。」

「何だって?」

「リビア国際空港」の

入国審査員の

濃い口髭が、激しく動く。

栗須(クリス)が黙りこくると、

アラビア語訛の英語が

一語ずつ区切られながら

飛んできた。

「君の、上に、平安、あれだ。」

「サンキュウ・

サムールアレイ・クム」

「ラー(ノウ)・ワ・

アレイ・クム・ニッサラーム

(あなたの上にこそ平安あれダ)。」

「インタ・イスワッ・ク・エー?」

「何?……アイ・キャノット・アラビー

(僕はアラビア語ができないよ)。」

濃い口髭は、不機嫌になって、

唾を撒き散らしながら

ぶつ切り英語で言う。

「あんたの、名前じゃ。」

「栗須(クリス)。」

「フエア・カントリー?」

「日本。」

「なにしに、来た?」

「観光。」

「観光?……見る、ところなんて、

ないよ、この、リビアは……。」

「砂漠を見に……。」

「地質、学者?」

「ラー、……。」

「石油?」

このまま身元調査が続くのなら、

たまったものじゃない。

「アイワ(そうだ)オイルだ」

「どこの、ホテルに、泊まる?」

「まだ決めてない。」

「決めてない?・・・それなら……。」

突然声を潜める。

「俺の所で、泊まるか?

……ペンション、やってる、

カミさんが……。」

「それはありがたいが……。」

栗須は次に並んでいるダニーを見た。

「連れか?……O・K……奴と、

話を、つける。

お前、もう、行け。」

栗須は渡されたパスポートを持って

扉まで歩きだす。

振り向くと、

ダニーが濃い口髭と話しだしている。

彼ならアラビア語もできる。

ターンテーブルに

一番乗りでやって来た栗須は、

偽パスポートが

ばれなかったことに

ホッとしながら

二人の男達を待った。

ダニー(フランス人)・

ビル(アメリカ人)

そして栗須(日本人)の三人は、

ホンコンからドバイ経由で

パリに行き、

このリビアにやって来た。

ビルが栗須の肩を叩き、

目で、パスポートが

無事に通過したことを告げる。

ターンテーブルから

バックが降ろされた時、

彼らの周りに、

私服警備員らしい男たちが

取り巻いていたことに

気付かなかった。

消毒液の匂いが鼻をつく。

「ダニーが遅い・・・、

まさかパスポートの件で……。」

「いや、大丈夫だろう。

凄腕(すごうで)の中国人が

作ったやつだから……。」

栗須とビルが話し始めた時、

「失礼、御足労ですが、

別室まで来ていただきます。」

突然、二人は両腕を持たれて、

身動きがとれない。

否応無く、

別室に引きずられて行く。

二重扉を押し開けて中に入ると、

オフィース状の椅子に、

ダニーが座っている。

「ダニー!

なんでそこに座ってるの?」

「君たちと同じだ、と思うよ。」

ダニーがビルに答えていると、

顔中髭だらけの警備員が言った。

「あんたたち、

なぜ、リビアに来たの?」

「何故って、観光だよ。」

「それは、おかしいね、

さっきは、石油って、言ってたよ。」

「聞いてたのか?

さっきの話しを……。」

「そこにビデオテレビがあるだろう?

いつも見てるんだ。」

「へぇー、β(ベーター)?

それともVHS?」

ダニーが茶化した。

「イッツ・ア・ソニー!」

テレビコマーシャルの喋りで、

警備員らしき男が答える。

「それは良い。長く撮れるからね。

でも、VHSの方が安いよ!」

「国が出すから、いいんだ。」

「へえー、すべて国のお金?」

「まあね。

君たちのことを知りたがってるのも、

国だよ。」

「何もしていないぼくたちのをかい?」

「いいや、

何かするかもしれない君たちを、だよ。」

「何で、そう思うんだい?」

「隣の国で、数年前にあったからね。」

「隣って、『エジプト』だね。

知ってるよ。

シナイ半島をイスラエルに盗られた。」

「そう、何が起こるか分からないからね、

今の世は。」

「何も起こさないよ、ぼくたちは。

人に会いに来たんだ。」

「誰に?」

「チェ・ゲバラ!」

「嘘だろー?

チェ・ゲバラは、死んじゃったよ。

いや、殺されたよ、アメリカに。」

「そうだったね。」

「何で、

チェ・ゲバラがこの国にいると

思ったんだい?」

「冗談だよ。なんで、あんたは、

チェ・ゲバラを知ってるんだい?」

「チェは、

若者のアイドルだったからね。」

「じゃ、一緒だ。気が合うね。

……この国になぜ来たのか、

本当の事を言おうか?」

「ああ、お願いしたいね。」

「アル・カブル・ジャマラ?」

ダニーが突然「アラビア語」で言った。

すると、相手の男が、

「ハル・タルカブ・ナハー?」

口調を変えて答えた。

「アイワ!」

ダニーが言うと、 「ちょっと、待っててください。」

と男達が、部屋の隅によって、

何かを話し出した。

ビルと栗須は、

狐につままれたようになった。

男の一人が、ダニーの側に寄ってきて、

「分かりました。お引き取り下さい。

どちらのホテルに泊まられるのですか?」

と、丁寧な言葉で、言った。

「分からないんだ。

どこか、いいとこ知ってる?」

「ロビーのインホーメイションまで、

ご案内します。」

彼が先頭に立って、3人を、

ロビーのインホーメイションに連れて行き、

女性にアラビア語で話し出した。

国営のリビアホテルの名が入った

パンフレットを、ダニーに手渡し、

表の扉まで、案内して、言った。

「タクシーに乗り、

このパンフレットを見せれば、

間違いなく連れて貰えます。

リビア人は、みんな、親切です。

サラーム・アレイ・クム

(あなた方の上に平安あれ)。」

「ワ・アレイ・クムッサラーム

(あなたの方にこそ、平安あれ)。」







 3人は、空港の外に出た。

灼熱が、彼らを襲ってきた。

「暑いね。ソ連が懐かしい。

あのマイナス40度が。」

 ビルが言ったのに対して、

ダニーが茶化す。

 「帰りたいの、シベリアへ。」

 「いいや、もう二度とごめんだ。」

 「ああ、暑いのは、いいね……。」

 栗須が、口を挟んだ。

 「……ダニー、さっき

何を言ったんだい?警備員に。」

 「ああ、あれ、

『アル・カブル・ジャマラ?』……。」

 「ああ、それ、

『アル・カブル・ジャマラ』……。」

 「さっきの入国審査員から、

聞いてないの?」

 「あの、口ひげの審査員?」

 「彼が、教えてくれたんだ。

そいつの家に泊まるなら、

教えるって……。」

 「何を教えるんだ。」

 「合い言葉さ。」

 「合い言葉?」

 「そう、『国の要人』だけが、

知ってる合い言葉だ。」

 「アル・カブ・・・・・・。」

 「アル・カブル・ジャマラ!」

 「どういう意味?」

 「たいしたことはない、

『私は、そのラクダに乗る。』

って意味だ。すると相手が、

『あなたは、そのラクダに

乗りますか?』って言うので、

『アイワ』と答える。

アイワは、『イエス』って意味だ。」

 「それが『合い言葉』?」

 「単純だからいいね。」

 栗須もビルも、

『アル・カブル・ジャマラ』を、

頭の中で繰り返した。



 その時突然、男たちが、

彼らを取り巻く。

口々にアラビア語が飛び交う。

 「ダニー!……。」

 栗須が、叫んだ。

「……彼らは、何を言ってるんだい?」

「彼らは、泥棒でも、スリでもない。

『荷物を持とう。』・

『ホテルに案内する』など、

要するに、

アッラーの教え通り、

『1日1善』を

実行しようとしてるのだ」

 「なんて言って、断るんだい?」

 ダニーが、その質問に対して、

右手を前に出して振って言った。

 「ラー、ラー、ラー……。」

 ビルもダニーも同じように真似をして、

男たちをかき分けて進んだが、

ダニーが、思い出したように言った。

 「チェンジマネーをやってないぜ!」

 3人は、急いで回れ右をして、

空港ロビーに戻り、

インホーメイションの横の

両替所の前に並んだ。





 栗須は、

ふと我に返って辺りを見回した。

3人以外は、

すべて口ひげかあご髭を生やした男達だ。

みんな同じ顔に見える。

 その時、一人の男が、

彼らの側に来て、

話し掛けてきた。

栗須は咄嗟(とっさ)に右手を振って言った。

 「ラー、ラー。」

 男は、片言の英語で言った。

 「待たせた。俺が、案内する。

……忘れたのか、俺だよ。」

 栗須は、男の顔をまんじりと見たが、

思い出せなかった。

 ダニーが男を見て言った。

 「さっきは、有り難う。

お蔭で助かったよ。」

 「ラー、ラー。両替はいらない。

俺のカミさんのペンションへ。 俺が案内する。」

 そこで、栗須は初めて、この男が

濃い口髭の「入国審査員」であることに

気付いた。

栗須は、思わず

『アル・カブル・ジヤマラ』の一部を

口に出しかけて、押さえた。

 男が、言った。

 「そうだ。さあ、レッツ・ゴーだ!」





 3人は、列から離れて、

その男の後に付いて歩き出した。

 白いシャツに着替えた「入国審査員」は、

建物の裏通路から、

人がほとんどいない駐車場に

3人を連れて行った。





 「これ、俺の車。・・・乗んな。」

 古いルノーだった。

3人は、黙って乗り込んだ。

 「入国審査官」は、自分の名は、

『ナビーダ』だと言って、

エンジンをかけた。

 都市部の下町方面を走り、

白く塗られた土塀の家の前に止まった。

降りるやいなや、

中からムハッガバートの

黒いベールを被った女性が現れた。

わからぬ言葉で、

3人を家の中に導いた。

 「俺のカミさんだ。

顔は見せられないが、

美人だぜ。入んな。」

 カミさんは、

大声で何かを話している。

 「何を言っているのですか?」

 ビルが、尋ねた。

 「カミさんは、大喜びだ。

客は、久しぶりだからな。」

 「いつ頃から?」

 ダニーは、意味ありげに尋ねた。

 「半年になる。

俺の給料が安いからね。

カミさん、

新しい何とかの布ベールを欲しがってる」

 部屋に通されて、

ティーを飲み出した時、

ダニーが写真を見せた。

あの、『チェ・ゲバラ』らしき男が、

テントの柱にもたれて立っている写真だ。

 「知ってる?」

 ナビーダが、写真を手にとって眺めた。

口髭をモグモグさせて言った。

 「よく知ってるよ!」

 「なぜ?」

 「おれが撮った写真だから!」

 「あんたが?」

 「そう、キャラバンのテントの前で

『チェ・ゲバラ』に似てるから。」

 「彼は、『チェ・ゲバラ』?」

 「違うねぇ。似ているけど……。

『チェ』は死んでるからね。

よく間違えられるって言ってた。」

 「似ているね。」

 「似ているけど、彼は、違う。

彼は、行商に来ているんだ。

だから、キャラバンにいる。」

 「誰のキャラバン?」

 「いえない。」

 「なぜ?」

 「約束だから。」

 「だれと?」

 「その男と。彼の商売の邪魔になる。」

 「この写真、撮ってから、

誰かに売った?」

 「売ってない。

この部屋に飾ってあったんだが、

男が来て、

『おカミさんが、

首飾りを欲しがってる、

買ってあげてほしい。』って、

金を置いて写真を持っていった。」

 「どんな男だった?」

 「普通の男だ。

『チェ』を尊敬してるって言ってた。」

 「俺たちと同じだ。

『チェ』に似てる写真の男に会いたいなぁ。」

 「会えるといいね。」

 「案内してくれる?」

 「さあね。」

 「どうしたら、会わせてもらえる?」

 「さあね。……カミさんが、

ムハツガバードの布を見て

欲しいって言ってるけど……。」

 「分かった。あんたのカミさんに

その布をプレゼントするよ。」

 「それなら、会えるかもしれない。

元の場所にいたらだけど……。」

 「移動するの?」

 「キャラバンだからね。」

 「いつ、会える?」

 「連絡を取らないとね。」

 「ありがとう。お願いするよ。」

 「じゃ、食事にする?

うちのカミさん、

料理が上手なんだぜ!」

 「それは、有り難いね。」

 「ちょっと、待ってて。」

 ナビーダが上機嫌で部屋から出て行った後、

ビルが言った。

 「彼は信用できる?」

 「分からない。が、頼るしかない、今は。」

 「分かった。」

 「『チェ』の手がかりは、彼しかない。」

 栗須が口を挟んだ。

 「キッシンジャーから預かった写真は、

彼が撮ったと言ってたが……。」

 「多分、そうだろう。写真を見て、

彼は何の驚きもしなかった。」

 「彼のカミさんに聞くか?」

 「それも面白い。

本当のことが出てくるかも……。」

 「しかし、リビア語は、分からない。

俺の知ってるアラビア語は、

コーランのアラビア語とエジプト語だ。

リビア語は、また違っている。」

 「アラビア語って、

みんな同じじゃないの?」

 「みんな、違うんだ。

コーランのアラビア語は、

教育によってすべてが共通で、

誰でも分かる。

しかし、

各地域で日常喋っている言葉は、

すべて変化して、

その地域独自の言葉になっている。」

 「そうか、標準語と方言、あるいは、

古典語と現代語の違いか。」

 「その通りだ。」

 その時、ナビーダが部屋に戻ってきて、

別の部屋に案内した。

 その部屋には、

真ん中に料理が並んでいた。

 ベールを被ったままのカミさんが、

リビヤ語で説明し出した。

 ダニーは、意味が理解出来ない

ジェスチャーをした。

アラビア語とは、

また異なったアクセントである。

ナビーダが英語で通訳していく。

 「キャベツの葉に詰め物をしたマフシー、

パンのフブス、羊肉串焼きのカバーブ、

オクラとトマトとニンニクとタマネギと

羊の肉を煮たバーミヤ、

ナツメヤシから造ったアラブ酒……。」

 一口、口に入れて続けた。

 「アラブ酒は、酒じゃない。

酒は禁止だが、これは酒じゃない、

飲み物だ。この中で一番旨いのは、

バーミヤだ。

カミさんの十八番ってやつさ。」

 ナビーダが、右手を使って

器用にフブスのパンに

バーミヤをくるませて、

食べ方を教えた。

 三人は、右手で同じように真似ながら

食べ出した。

 「旨い!」

ダニーが叫び、栗須もビルを叫んだ。

羊の肉にトマトの味が絡み、

タマネギの甘さが生きて、

臭みは一切なかった。

 「だろう!おれのカミさんの味だ。

串カツのカバーブも美味しいぜ。」

 栗須は、ナツメヤシの飲み物を口に入れ、

咳き込んだ。

 「それは、強い飲み物だから、

チョビチョビ飲んだ方がいいよ。」

 「分かった。」

栗須は咳き込みながら続けた。

「……話しは変わるけど、

……あの写真の男だけど、リビア人?」

「違うよ。スペイン人かイギリス人か、

そのハーフだ。」

「いつも来るのかい?」

「いいや、今回が初めてだ。

だけど、知り合いがいるんだ。」

「知り合い?」

「そうだよ。その知り合いと

俺は友達だよ。」

「あんたの友人?」

「そう、おれの親父と彼の親父は、

友人なんだ。

だから、俺と彼とは友人で、

その彼の友人が、写真の男だ。

だから、俺と写真の男とも友人なんだ。

わかった?」

「分かった。あんたの友人に会いたいね。」

「どっちの友人だい?」

「どっちも。」

「欲張りだな。」

「わざわざ、会いに来たんだから……。」

「会ってどうするんだい?」

「どうもしない。ただ、写真の男が

『チェ・ゲバラ』なら、チェには友人が居て、

その友人が彼の消息を知りたがってね。

手紙を預かってるんだ。それを渡して……」

「そうすると、あんたたちは、

『チェ』の友人の友人かい?」

「まあ、そういうところだ。」 

 「その友人って、俺も知ってるかい?」

 「知ってるかも。」

 「リビア人?」

 「いいや」。

 「アラビアン?」

 「いいや。」

 「スパニッシュ?」

 「いいや、チャイニーズ。」

 「チャイナ?」

 「そう。」

 「へぇー、チャイナねぇ。」

 「名を知りたい?」

 「聞いて分かる?」

 「さあ、どうかな?」

 「言ってみる?」

 「マオ・ツオトン。」

 「マオ・ツオトン?」

 「マオ・ツオトン・ジューシー。」

 「毛沢東主席?」

 「そう、よく知ってるね。」

 「まあね。

会ったことないけど、有名だ。

この世の最悪の独裁者、って言われている。

あんたたちは、会ったの?

手紙がどうとか言ってたけど。」

 「そう、預かってきた。」

 「それじゃ、マオの友人の『チェ』に

会いたいだろうね。」

 「そう、会いたい。」

 「アッラーのお恵みがあるといいね。

俺も『一日一善』だから、

頑張ってみるよ。」

 栗須が、バーミヤに握手を求めた。

バーミヤは、摘んでいたキャベツの葉の

マウシーを口にほりこんで、

握手を交わした。

ダニーとビルとも握手を交わし、

アラブ酒で乾杯した。





夕方まで、彼らは眠った。

暑いあつい太陽だった。



夕方、バーミヤが、

髭面の老いた老人を連れてきた。

片言の英語で、

バーミヤの父親の友人だと名乗った。

老人は、キャラバンが南東500キロの

リビア砂漠にいて、

ここから早く行って3日以上は・・・

砂嵐なら、1ヶ月・・・

掛かるらしかった。

キャラバンのいつもの行動パターンなら、

そうだと言った。

老人は、イギリス軍基地に

食糧を配達する仕事で、

片言の英語が喋れるらしい。

ほとんどリビア語訛りのある英語で、

辛うじてそう理解した。

そして、そこに行きたいなら、

友人を紹介するという。

「いくら必要かね、

そこに連れてもらうには?」

ビルがゆっくりした英語で言った。

「金は、いらない。

『一日一善』だからね。

だけど、友人に、実費を、

渡してやってほしい。」

「実費は、いくらだい?」

「安いものだ。

ラクダ三頭の、借り賃、

3ディーナール(約3ドル)と

あんたら3人分の水と食事代で、

20ドルかな……。」

「安いね、3人分で。」

「リビアは、みんな、貧しいんだ。」

「石油がでるのに?」

「石油は、一部の人間だけに、

富をもたらす。

我々は、石油基地によって、

キャラバンの移動が拒まれている。

一部の人を除けば、みんな、貧しい。」



「一部って?」

「ムハンマド・イドリース・

アッサヌーシー一族だ。」

「それは、誰?」

「もちろん、国王一族、だよ。」

「石油の儲けを……。」

「そう、みんな、国王のものさ。」

老人は、口を曲げて渋い顔をしながら、

笑った。

「早く、エジプトのように、

成りたいね。」

「ナーセル?」

「ナーセル大佐だ。」

「尊敬している?」

「もちろん、だよ。」

「リビヤにも、欲しいね、

ナーセル大佐が。」

「そう、みんな、望んで、いるよ。」

老人は、3人の顔を見ながら、

話しを変えた。

「ラクダに、乗ったこと、ある?」

3人は、首を振った。

「ラクダ、かわいいよ。

人の心、わかる。

ラクダに、身を任せる。

揺れるけど、快適だ。」

「いつ、ラクダに乗れる?」

「明日でも、いいよ。」

「じゃ、契約しよう。

ラクダの借り賃を払っておくよ。」

「ラー、ラー、帰ってからでいい。」

「じゃー、よろしく。」

老人と3人は、

握手をかわした。









★★★2 リビア砂漠 ★★★






次の朝早く、

バーミヤの車で町外れまで行き、

ラクダの溜まり場で、

昨夜の老人と出会った。

老人は、「ムッハ」という眉毛の濃い

老人を3人に紹介した。

「ムッハ」は3人に

ガラビーヤ(白い布)と

ターバンを着せながら英語で言った。

「昼は太陽から、夜は寒さから、

君たちの身を、守ってくれる。」

着せ終わった後、

一人ずつに言葉を掛けながら、

ラクダの手綱の仕草を教え、

そして言った。

「サラーム・アレイ・クム

(あなた方の上に平安あれ)。」

3人は、礼を述べ、

「ワ・アレイ・クムッサラーム

(あなたの方にこそ、平安あれ)。」

と答えて、ラクダの眼を見た。

まつ毛の長いつぶらな瞳を見ながら、

ラクダを膝間付かせて上に乗った。

ムッハが、大声で言った。

「アルカブー!!」

これが、出発の合図だ。

4頭のラクダは、

前足を立てて後ろに踏ん反り、

次に後ろ足を立て、起き上がった。

小さなキャラバンは、

砂漠を目指して進み出した。





一時間ほどで、

回り一面が砂漠になった。

リビア砂漠が延々と続く。

朝方は、太陽に向かって進み、

昼からはその太陽を背にして進んだ。

休憩は、ムッハ老人がメッカの方角に

祈りをする時だけだった。





ただひたすら前進して、



「一日目」の「野営」になった。



3人は、言葉数も無く、

回りをラクダに囲まれて眠った。

ムッハ老人の声で、

朝、目覚めた。

フブスのパンを口に入れ、

水を飲みながら、また、

ラクダに乗って歩き出した。

この日も、太陽に向かって進み、

昼から背にして、



「二日目」の野営になった。



3人は、益々無言になり、

昏睡状態で朝を向かえた。



三日目の朝、

石油基地の煙突が、

何本も聳え立っているのが見えたが、

そのまま行進した。

昼頃、顔を白い布で覆った数人の男達が、

彼らの側にやって来た。

3人は、咄嗟(とっさ)の事を考えて、

身構えっていた。

アラビアンナイトの中に出てくる

盗賊かも知れなかったからだ。

ムッハ老人が、一人の男と話し出したが、

すぐに彼らは前方にラクダを走らせた。

3人は、ラクダの速さに仰天した。

ダニーが、ムッハ老人に、アラビア語で、

「今の男達は、誰か?」と尋ねた。

が、その答えとは違って、

「嵐がくるらしい。」

と、答えてラクダを急がせた。



昼過ぎから、砂嵐が彼らを襲ってきた。

細かい砂が彼らの前進に打ち付けた。

前方は、ほとんど見えなかった。

4頭のラクダをロープで繋いで前進した。

が、ほとんど方角が分からず、

ムッハ老人は、3日目の野営を決めた。





「四日目」は、

砂嵐のために僅かな前進だけで、

ラクダに囲まれて過ごした。

3人は、じっと毛布の中に潜り込んで、

砂嵐が過ぎ去るのを待った。

が、 「四日目」の野営も同じ場所で過ごした。



「五日目」もまた砂嵐のために、

身動きが取れなかった。

ムッハ老人は、

水が少なくなってきた事を、

3人に告げて、

「六日目」の野営に入った。

だが、次の

「七日目」もまた、砂嵐だった。

ムッハ老人は、出発を決心した。

3人は、不安な気持ちで、

ムッハ老人のラクダの後に付いて進んだ。

すべてをラクダに任せて、

進むしかなかった。



「八日目」の野営で、

水がほとんど無くなってしまった。

絶望の女神が、彼らを襲いだした。

ムッハは、アッラーの神に祈り眠った。



「九日目」の朝、

四人は数人の男達に起こされた。

砂嵐で、彼らが何者かも分からなかった。

しかし、羊の胃袋で造られた水筒が、

彼らを救った。

男達は、四人を自分たちの真ん中に入れ、

進み出した。

砂嵐が、相変わらず襲い掛かっていた。

だが、人間が増えることで、

精神的な安心感が沸き上がってきた。

自分たちは、砂嵐に対する

闘争心が生まれてきた。

すると、不思議なことに、

砂嵐は、その力を弱めていった。



夕方、



「大きなテント」の前にたどり着いた。

彼らは、転がり込むように中に入った。

倒れ込んだところを、何人かの手で

ベットに運ばれ、眠り込んだ。

「十日目」、

砂嵐は音もなく逃げて行って、

灼熱の太陽が世界を取り戻した。



朝、

3人は、温かいラクダのミルクと

チーズとパンによって、生き返った。

テントの中には、顔髭が一段と長い

長老らしき男が、ベットの中央に座り、

左右には、口髭の若者が五人程、

中央のカマドの回りには、

白いベールを被った女性が3人いた。

ダニーがアラビア語で礼を述べ、

ビルと栗須(くりす)も、

その言葉を真似て礼を言った。

リビア語が返ってきたが、

ほとんど意味は分からなかった。

ムッハ老人は、

我々の目的のキャラバンは、

あと半日か一日で追いつける事を、

彼の掌と指の関節の長さで示した。



外は、前日までの状況は一変し、

灼熱の太陽が彼らの頭上から照りつけた。

水と食糧と貰い、出発した。





ラクダに身を任せて、

ひたすら砂漠の中を行進した。

果てしなく砂漠が続く。

太陽が西に沈み掛けた時、

遙か彼方にテントが、

ぼんやり眼に入った。

ムッハ老人が、指をさして、

「ゲラール!」

と叫んだ。

間違いなく、そこには、

「大きなテント」があった。

ラクダの足を早めて近付くと、

ラクダが数十頭と大きなテントが四つ程、

円く輪になるように建てられていた。

数人の若者が、

彼らに近付いて来て、

ムッハ老人と会話し、

一つのテントに案内した。

中の正面の椅子に座った、

顎髭が特に長い長老らしい人物が、

イタリア語で三人に話しかけてきた。

「私の名は、アル・ムハンマドだ。

ムッハ老人が、

君たちをこのテントに

案内してきた。

疲れたろう。

今日は、暖をとって

ゆっくりなさるがいい。」

ダニーが、丁寧にイタリア語で、

礼を述べて言った。

「イタリア語がお上手ですが、

どちらで学ばれたのですか?」

「学んだのでないよ。

この国は、20年前まで、

イタリアが支配していた。

私達が生きていくには、

イタリア語が必要だった。

西部の街トリポリでも

東部の街のベンガルでも。

取引は、イタリア語だったからだよ。」

「何を取引なさっているのですか?」

「昔は、あらゆる生活必需品を、

リビア砂漠を移動して取引をしていた。

ところが、『石油』によって、

我々の生活は、一変して、悪くなった。

今の取引は、

ラクダや海綿やエスパルト草ぐらいだ。

石油が出ると、

アスファルトの道路が出来、

我々の移動地域が寸断され、

禁止され、縮められている。」

「分かります。ここに来るまでに、

石油基地が眼に入りました。」

「イギリスやフランスが

経営している基地だ。

我々とは無関係のところで、

支配されている。何の恩恵もない。

アッラーの土地からアッラーのお恵みを

吸い上げて、どこかに持ち去ってしまう」

長老は、言葉を詰まらせて続けた。

「……初めてお目に掛かるお客人に、

詰まらぬ話しをしてしまった。

今日は、ゆっくりなさって、

明日、皆さんの話をお聞きしょう。」

そう言って、回りの者に合図を送った。

4人は、別のテントに案内された。





「十一日目」、

朝のの食事の時に、

長老は、「アル・アブクラー」という

中年の男を紹介しながら言った。

「彼は、『英語』が話せる。

イギリスの基地で長く働いていた。

10数年前、私の息子に

英語を教えるために来てくれた。」

口回りに髭を生やしたアブクラーと

3人は挨拶を交わした。

「君たちは、人を捜しに来たそうだね。」

ダニーは、写真を取りだして見せた。

「この人物の消息を知りたいんだ。

『チェ・ゲバラ』かどうかを知りたい。」

「知ってどうするのだい?」

「中国の主席から、

手紙を預かっている。

それを渡したい。」

「この男は、『チェ・ゲバラ』ではない、

と思うよ。

ただの『商人』だ。」

「そうかもしれない。

だが、ここに来た限りは、

会ってみないと帰れない。」

「それもそうだ。

明日、君たちに、

長老のアル・ムハンマドの息子を

紹介することになるだろう。」

「明日?」

「今日の夜、

彼はここに来る。

だから明日会えるかもしれない。

君たちの知らない人物だ。」

「名は?」

「ムアンマル・ムハンマド・アル・

カダフィ。」

「カダフィ?どこかで聞いたことがある」

ダニーは、

ビルと栗須の顔を見たが、

二人とも思いつかなかった。

「1942年生まれだ。

リビアの青年将校だ。」

アブクラーは、敬礼の真似をして、

続けた。

「彼は、『リビアの星』になる。」

「リビアのスター?」

「ああ、リビアンスターだ。

エジプトには、ナーセル大統領がいる。

革命によって支配している。

アメリカにもソ連にも付かない、

中立政策をやっている。

人民のためにね。」

アブクラーは、

エーシュのパンを口に頬張り、

彼らにも勧めて続けた。

「カダフィは、

ナーセルを尊敬している。

十四歳の時から……。

1954年の

イスラエルとの戦争で敗戦してから、

ナーセルがエジプトを救った。

革命によって。」

ラクダのミルクを混ぜたお茶を飲んで、

また、続けた。

「『いつか彼のようになりたい』と

セブハの小さな町に住んでいた時、

アル・ムハンマドの息子は言っていた。

おれも応援している。」

また、パンを口に入れて続けた。

「リビアは、

イタリアの長い植民地から、

第二次世界大戦によって抜け出した。

そう思ったら、今度は、

イギリスとフランスに占領された……。」





やや沈黙があって、

また続けた。

「……イドリース国王は、

国民のためと言いながら、

両国から援助を貰い、

しかも、良質の石油の利権を、

他国支配の国際石油資本に委ねた。

自分の存続だけのために。」

ため息をつき、

そら豆をコロッケにした

タアミーヤを口に入れて、続けた。 「一部の人間だけが豊かに生活し、

多くの人間が昔のままの、

いや昔以上に貧しい生活をしている。

いつか、変わらないとね・・・。」

3人は、黙ったまま頷いた。





「十二日目」、

アブクラーは、

眼の精悍な口髭の

一人の男を連れて来た。

彼は、流暢なイギリス英語で、

「自分がアル・ムハンマドの息子で、

『カダフィ将校』だ。」

と挨拶をして言った。

「皆さんのことは、

ほとんど知らない。

何がどうなっているのか。」

ダニーが、英語で言った。

「その通りで、

俺たちも数ヶ月前まで、

このリビアに来るとは、

思ってもいなかった。

しかも、一年前までは、

3人は会ったこともない。

偶然にこうなった。」

アラブ酒を口に入れて、

ダニーは、

ソ連の収容所から

中国に脱走し、

ベトナムから香港に渡り、

キッシンジャーから写真を預かってきた

ことを簡単に話した。

そして、マオ・ツオトン(毛沢東)の

「手紙」を出した。

表に「チェ・ゲバラ」と書かれ、

裏には「毛沢東」と

漢字で書かれた手紙だ。

カダフィ将校が、言った。

「この筆跡は、

マオに間違いない。

……1962年、

ソ連の社会主義国家成立40周年の時、

私は、モスクワにいた。

ちょうど二十歳の時だ。

ローズ財団のイギリス留学が実現し、

その合間を利用して

『旅行』という名目で、

国には報告せず内緒で出かけた。」

そこまで言うと、

小声で続けた。

「……今も報告していないのだが……。

その式典には、

『キューバのカストロ』、

『南米のゲバラ』、

『中国のマオ・ツオトン』が来ていた。

同じホテルだったから、

一晩中語り合って、

意気投合した。」

カダフィ将校は、

テントの上を見ながら、

その当時を回想するようにして言った。

「そして、キューバは、

カストロとチェによって

『革命』が成功した。

人民のための革命が・・・。

マオツオトンは、

中国で踏ん張っている。

良いか悪いかは、

判断は分かれる。

しかし、

マオは、一人で頑張っている。

ソ連の援助を得ることなく……。





……『残るは、俺のみ』になった……。」





カダフィ将校は、

間を於いて言った。

「……今、考えていることがある。

今は、語れないが……。」

 ダニーが答えた。

  「分かりました。

俺たちは、マオ・ツオトンから、

あなたとモスクワで出会っていることは

聞いていた。

今、あなたの言葉で確かに思い出した。

俺たちは、

チェ・ゲバラの消息を知りたい。

……この写真は、チェ・ゲバラですね?」



 「これは、

世間には出回っていない写真だ。」

カダフィ将校は、

写真を見てから言った。

「バーミヤの部屋に

飾ってあった写真だ。

だが、誰かが、持って行った。」

「それが、

キッシンジャーに渡っていた」

カダフィ将校が続けた。

「回りまわってか、直接か……。」

3人の顔を見ながら、

カダフィ将校が言った。

「皆さんは、

信用出来そうです。

我々将校に、

短い休暇が許可された。

明日、

我々が『オアシス』と

呼んでいる所に行くが、

一緒に行きますか?」

「オアシス?」

栗須が言うと、

カダフィ将校が答えた。

「そう、我々が言うところの

オアシスで、

他の人にとってオアシスかどうか、

分からない。」

「行ってみたいですね。

あなたの言うオアシスへ。」

ビルは、笑みを浮かべて言った。

「じゃ、明日一番に出発しましょう。」



3人は、カダフィ将校と分かれて、

テントに帰った。







「十三日目」、

十一頭のラクダが、

テントから猛スピードで、

太陽に背を向けて走り出した。

十人の男達を乗せたラクダと、

荷物だけを載せた一頭のラクダだった。

祈りの時間以外は、休む事無く走った。

その日の夕方、

砂に埋もれた

廃墟らしい所にたどり着いた。

男達は、野営の準備をし終えた時、

3人は、男達を紹介された。

すべてリビア軍の将校達だった。

カダフィ将校が言った。

「我々は、休暇の時ここに来て、

訓練をしている、

とある場所を想定して。

君たちもやってみるかね?

空砲だから、大丈夫だ。」

3人は、衣服を戦闘服に着替え、

将校達の後について、

行動を起こした。

かがみ跳躍から始まり、

ロープ登り・渡り、斥候(せっこう)、

伏撃(ふくげき・待ち伏せ)、

奇襲、徒手格闘、小銃射撃等、

二時間続いた。

将校達と3人は、

くたくたになってテントに潜り込み、

夕食をむさぼるように食べた。

夜、

リビア語で、

「理論」のディスカッションが始まった。

3人には、

皆目意味が分からなかった。

一時間程立って、

ディスカッションが終わり、

カダフィ将校が3人に英語で言った。

 「この『理論』は、

社会の中心は、

一般庶民・大衆が中心であることを

基本にしたもので、

司法・立法・行政が一体になって

成立している。

そして、そこにコーランの

教えが重なり、

全く新しい『理論』になる」

 「ソ連のような社会主義国家ですか?」

ダニーが、

批判の気持ちを込めて言った。

 「いいや、それとは違う。

全国民、部族や家族の

血縁集団を中心とした

『人民委員会』のようなものが

すべてを統括する体制だ。」

 「それなら、良いですね。

我々3人は、

ソ連のやり方でひどい目に遭ってきた。」

 「そうらしいですね。私たちは、

このサハラ周辺、

及びイスラム圏全体を

考えています。」

 「イスラム世界が、

植民地支配から脱却する理論?」

 「そうです。

植民地的支配の弊害を

すべて除去する。」

 「そうすると、

すべての西側社会と

戦いになる……。」

 「なるでしょう。

かつては、

サハラ部族世界で築かれていた

ムスリム同士の連帯感が

今こそ必要です。

オアシスやキヤラバン隊商路を介した、

社会的・経済的共存です。」



その時、

カダフィ将校の横に座っていた

シャルド将校が、

英語で言った。

 「我々は、今、

いろいろな『理論』を

模索しています。

ソ連的なものには反発がある。

だから、

エジプトのナーセルか、

キューバのカストロやゲバラ的か、

それとも中国のマオ的か。

皆さんは、中国にも行かれた。

教えてください、

『中国の文化大革命』を。」

 ビルが、自分たちが経験した中国の

文化革命の『悲惨さ』を語った。

シャルド将校が言った。

  「そうでしたか・・・。残念です。

我々は、

カダフィ将校から

ソ連でのマオの話しを

聞いていましたので、

『文化大革命』が成功していると

思って喜んでいました。」



シャルド将校が

カダフィの顔を見たとき、

カダフィ将校が言った。

「本当に残念だ。

マオは、一人だったからね。

『自分以外に

信頼する人間がいない。』

と言っていた。

助けに行けるものなら行きたいが……。」





 少し間をおいて続けた。

 「……君たちが、

もしまたマオ主席と

出会うことがあったなら、

よろしく伝えてほしい。

我々は、我々の理論である、

『ジャマヒーリヤ(大衆)理論』

で前進すると。

この理論は、カストロそして

ゲバラ理論と同じだ。」

 「分かりました。

いつになるか分かりませんが、

合った時には必ずお伝えします。」





「十四日目」、



夜明けの祈りが終わってから、

廃墟の一番奥の部屋で、

小銃の実弾訓練が行われた。

ただし、

顔・心臓が描かれた的以外を狙う、

特に脚・腕を狙う訓練だった。

顔・心臓部分に近いと減点され、

手足なら加点された。

3人は、全く初めてであったが、

シャドル将校の指導は、

的確であった。

自分の身を守り、

相手を殺さないことが、

この練習訓練だった。

両手で銃を握り、

呼吸を一瞬制止し、

瞬きせずに引き金を引く。

だが、

無呼吸状態を何度も繰り返し、

頭が朦朧(もうろう)としてくる。

これを二時間繰り返し、

終了した。







★★★3 オアシス ★★★





カダフィ将校が言った。

「昼食に間に合うように、

オアシスに走りましょう。」

片付けを済ませ、

ラクダは全速力で西に向かった。

小一時間走って、

ヤシの木や真赤な花のアメリカディゴや

オリーブの木々に覆われた場所が現れた。

砂漠の中に信じられない風景が

眼に焼き付いた。

まさしく、映像や写真で見たことがある

オアシスと呼ばれるところだった。

何人かの人々がすれ違い、

挨拶を交わしている。

同族の人なのかどうかは、

分からなかった。

言葉そのものが理解できなかった。

ラクダは、川が流れる奥で留め置かれ、

彼らは、煉瓦で造られた

一軒家に入っていった。

奥の広場に

懇々と湧き水が流れる所で、

顔を洗い、

3人は将校達の後について、

テーブルのある大きな部屋に通された。

そこには何人かの男達が居り、

挨拶を交わした。

 テーブルには、パンのフブスや

キャベツの葉に詰め物をしたマフシー、

羊肉串焼きのカバーブ、

羊の肉を煮たバーミヤ、

それにナツメヤシから造った

アラブ酒などが置かれてあった。

 カダフィ将校が、全員がコップに

アラブ酒が注がれたのを見届けて、

神に祈りを捧げ、

全員に神の恵みを捧げた。

 テーブルの料理は、

見る間に無くなり掛けた。

女達が次の料理を運んできて、

男達は、ようやく落ち着いて

英語で会話を始めた。

 栗須が、言った。

「皆さんは、

英語が実にすばらしいですね。

どちらで学ばれたのですか?」

「ほとんどが、アブクラー先生ですよ。

もう何年にもなります。」

 シャルド将校が、答えた後、

みんなはアブクラー先生を絶賛した。

食事の後、次の部屋へ移動し、

エスパルトの水煙草を

みんなで吸い始めた。

シャルド将校が言った。

「この煙草は、 身体の疲れを癒してくれる。

後は、ぐっすり眠れば良い。」

長い煙管の先に、

水の下から泡が立ち初め、

その煙を一息吸った。

喉辺りに強い刺激があたり、

次に頭の脳が揺らぎだした。

「イスラム圏では、酒は禁止だが、

エスパルトは、禁止の国は少ない。

麻薬のように中毒にはならない。

疲れた時や、

ケガをして痛みが有る時に

吸うと身体に良い。」

と一人の将校が言った。

「アラブ酒さえ認めない国もあるが、

それぞれの国の習慣に任されている。」

カダフィ将校が、

次の理論の勉強時間がきたことを、

みんなに知らせて立ち上がって

部屋を出て行った。

3人は、水煙草の残りを吸いながら、

ソファーにもたれ掛かり眠った。





小一時間ほどして、

ダニーが、小用のために起きて

手洗いに行った時のことだった。

ダニーの左横に

口髭のみの一人の男が

用を足した後、

脚を引きずるように

部屋から出て行った。

彫りの深い男だった。

どこかで会ったように思えたが、

思い出せない。





食事の部屋に将校一団が戻ってきて、

また食事になった。

その時、

さっき厠(かわや)で出会った男が

混じっていて、

同じように食事を始めた。

誰も彼を紹介せずにいた。

話題は、まず、ダニーの

パリ革命(第四章)のことや

「ソ連の酷寒の作業(第五章)のことや、

栗須が「プラハの春(第二章)」のことや

「中国の現状と光子(第十章・十一章)」

のことを話した。

また、ビルが「ベトナム戦争反対の

ワシントン広場の集結と

奨学金でのイギリス留学(第七章)」など

を話した。

将校達は、自分たちの知らない

映画の世界の話のように、

興味深く聞いていた。

カダフィ将校は、

自分も「ローズ財団」の留学生制度に

合格してイギリス留学した時、

ソ連に行き、

マオ・ツオトンやカストロ、

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)、

そして「チェ・ゲバラ」と

一晩中語り合った

ことをまた話した。

全員が意気投合して、

時間を忘れる程になっていた。




そんな時、ダニーが、突然、

便所で出会った

口髭だけの男に言った。

「もし間違っていたら

お許し願いたい・・・」

ダニーは、そこまで言って間をおき、

男の顔を見詰めながら続けた。

「……あなたは、

『チェ・ゲバラ』さん

ではないですか?」





ビルと栗須は

驚愕(きょうがく)しながら、

その言葉につられて、

男の顔を見た。

髪は短く刈られ、

あご髭もなく口髭だけの男で、

彫りは深いが、

あの写真のゲバラとは、

違っているように見えた。

全員が、その男の顔を見ていた。

男が、英語で言った。

「なぜ、私をそのように

思えるのですか?」

「私は、『チェ・ゲバラ』を

尊敬しています。

自分の部屋に

何枚も写真を貼っています。

あなたは、

その写真のどの角度からも

『ゲバラ』さんですし……。」

ダニーは、

水を飲んで、続けた。

ビルも栗須もダニーの口元を見詰めた。

「……ですし、失礼ですが、

あなたの右の眉毛と

こめかみの間の

薄い痣(あざ)ですが……。」

男は、

右手の人差し指と中指で

その部分を指さした。

「そうです。

あなたの子供の頃の写真には

無かったと思いますが、

大学時代の写真に

それが現れた。」

男は、答えた。

「あなたは、『ゲバラ』のことを

良く知っている。実は……。」

回りを見渡して続けた。

「実は、あなたの言う通り、私は、

『 ゲ バ ラ 』です。」



その言葉に、部屋の中の

カダフィー将校以外の男達は、

めいめい驚愕の声を隠せなかった。

男は、続けた。

「あなたは、そこまで私のことを

研究してくれていることに、

感謝しますよ。

この傷は、大学入学直前、

軍事訓練に参加した時に

転んで付いた傷に、

花か何かの花粉が入り込んで、

今も痣として残っている。

昔より薄くなったが……。」

カダフィ将校が、

また回りを見渡してから、

あとを続けた。

「みんなに隠していて悪かったが、

彼が『チェ・ゲバラ』だ。」

将校達は、立ち上がって敬礼した。

一人が言った。

「今まで、

『理論と実践』を教えて頂いたが、

まったく気づきませんでした。」

他の将校達も同じ事を口々に喋って、

『ゲバラ』と握手を交わした。

ビルも栗須もダニーも、

彼と握手を交わした。

ダニーが『ゲバラ』に言った。

「ゲバラさん、

脚が悪いようですが、

あの時のですか?」

「そう、あの時のです……。」

そう答えて、ちょっと天井を見上げた。

それは、「あの時

(第十三章・チェゲバラの話)」のことを

思い出しているようだった。

チエ・ゲバラが続けた。

「両足だからね、

撃たれたのは……。

カダフィ将校が、

私を呼んでくれてね。

ここで、二年近くになる。

ここは、水が良い。

傷を癒してくれる。」

『ゲバラ』は、

ガラビーヤの白い布を

足下からまくり挙げた。

両足の太もも当たりに、

まだ赤くなっている

手術の縫い目の痕が

くっきり浮き出ていた。

「痛みますか?」

栗須が尋ねた。

「ちょっとね……。」





栗須が、それを聞いて、

自分のガラビーヤの中に

手を入れて、

油紙の袋を取りだし、

その中から小さな粒を二つ取りだした。

「これは、

『プッリーヨチェ』と言って、

北極エキスモーが使っている

貴重な薬です。

オットセイの胃袋から取りだした、

何万年も前の『海草』です。

体温の調節から皮膚傷・内臓関係、

あらゆるものに効き目があります。

使ってみませんか?」

「分かった。ありがとう。

使ってもいいのかね?」

「ええ、もちろんです。

あなたのためなら……。」





栗須は、紙に包んで、

『ゲバラ』に渡した。

ダニーが、

ガラビーヤの服の中から、

一通の封筒を取りだして言った。

「マオツオトン・ジュウシ

(毛沢東主席)から

手紙を預かっています。」

ダニーは、

『ゲバラ』に手紙を手渡した。

中には、マオ自筆の中国語と、

マオの妻のマウキンウン(第十一章・

マオの五人めの妻)の英訳の手紙が

入っていた。

ゲバラは、ゆっくり読み始め、

眼を潤ませて言った。

「有り難い。

私は良き友に恵まれている」

そうして、

手紙を、カダフィ将校に渡した。

将校は、

英字の手紙を見詰めて言った。

「本当だ。モスクワの語らいが、

我々を結びつけている。」

ダニーが、続けて言った。

「我々に、

何かできる事はありますか?

マオ主席との約束があるのです。

『ゲバラが困っていたら、

助けてやってほしい』と」

「君たち3人は、

良い友になりそうだね。」

ゲバラが、そう言いながら3人を見詰め、

続けて言った。

「『今のままで十分な生活だ。

髭を剃り、

別人になってさっぱりしている』

と伝えてほしい。」

「なぜ髭を剃られたのですか?」

「私が誰か分からなくするためだよ。

しかし、君に見破られた。

また、伸ばすとするか……。

マオツォトンジュウシに、

手紙を書くので渡してほしい。

君たちは、中国に

『光子』さんを残した

ままだったね。

すぐに行ってやってほしい。」

「ありがとう、ございます。

すぐに戻りたいと思います。」

「君たちは今後どうするつもりですか?」

「まず、光子さんを救出して、

それから、ベトナム戦争終結・

米国と中国の締結。

その後は、考えていません。」

カダフィ将校が言った。







「8月の下旬に、

このリビアにもう一度来ませんか?

あなた方に、

見て貰いたいことがある。」



「8月……。」

「今年の『ダマダーン(断食)』は、

7月20日前後から

8月18日前後まで。

イスラーム歴の第九月にあたります。

暑くて辛いダマダーンになりそうです。

去年は、

八月真っ只中だった。

33年に一度回ってくる。

イスラムは、太陰暦で、

一ヶ月が28日です。

しかも新月が確認出来て

ダマダーンが始まります。」



カダフィ将校は、

背筋を伸ばして続けた。

「これは、イスラムにとって

大事な行事です。

日の出から日没まで、

水も食糧も一切口にしてはならない。

子供と妊婦以外のイスラム教徒は、

すべて守ります。

食事が出来ない

貧しい民と同じ生活を

一ヶ月するのです。

そこで、

現在の生活の有り難さが

分かる教えです。

但し、

日没後は、

普段の三・四倍は

食べますがね……。」

そう言って、

カダフィ将校は、

笑いながら続けた。

「ダマダーンが終わた後、

このリビヤに戻って来ませんか?」

「リビアに……。」

「あなた方に見て貰いたいことが

あります。」

カダフィ将校が、

ゲバラの方を見た。

ゲバラは、頷いて言った。

「そう、君たちがよければね。」









「十五日目」、

カダフィ将校一行と共に3人は、

オアシスを出発した。

『ゲバラ』は、

マオツォトン宛の手紙を

ダニーに渡し、

そのままオアシスに残った。

真っ赤な花のアメリカディゴや

ヤシの木やオリーブの木々を振り返り、

灼熱の砂漠を、

十一頭のラクダが、

猛スピードで走り出した。

このオアシスに来たときと同じく、

十人の男達を乗せたラクダと水と

食糧用荷物を載せた一頭のラクダが、

北の方角の首都トリポリに向かった。



この灼熱の太陽も砂漠も来た時と同じだが、

彼らの気持ちは、全く違っている。

「真っ暗闇」から、

「一筋の明光」が

見えてきたからだ。





3日間野営し、

次の朝、





カダフィ将校は、

後2時間ほどで町に着くことを告げ、

人目があるからと、

先に出発した。





3人は、ゆっくりラクダに揺られて、

昼前に

ラクダの溜まり場にたどり着いた。

そこに、

道案内をしてくれた

ムッハ老人が、

笑顔を見せながら

3人を向かえた。

ビルが、ラクダを引き渡して、

約束の20ドル以外に、

10ドル紙幣を

彼にお礼だと言って渡した。

ムッハ老人は、

片言の英語とゼスチャーで、

ナビーダに車で向かえに来るよう、

電話して来ることを、

3人に告げた。

一時間もすると、

ナビーダが

入国審査官の制服のままで

やって来て

彼らが無事だったことを喜び、

車に乗せて言った。



「目的は、果たせたのかい?」

「いや、人違いだった。」

ダニーが助手席でそう答えた。

ビルと栗須は、

ダニーの後ろ姿を見ながら黙っていた。

「それは、残念だったね。

またの機会があるから、

がっかりせずにな。」

「有り難う。ところで、今日、

『パリ』行きの飛行機は

あるのかな?」

「今日?

確か16時にあったと思うが……。

パリから来た飛行機が

その日に帰るから。

一日1便だ。」

「じゃ、我々は荷物を持って

それで飛び立つよ。」

「分かった。

まずは、家まで走らせる」





砂漠から別れを告げ、

下町に車は入り、

白い壁のナビーダの家に着いた。

中から、ナビーダのカミさんが

飛び出して来て、

3人を迎え入れた。

ビルが、ナビーダのカミさんに

礼を言ってから、

ナビーダに言った。

「宿泊代と諸々の手配代をまとめて、

いくら払えばいいかな?」

「50ドルでどうだい?」

「安いね。」

ビルがそう言って、

10ドル紙幣5枚と、

別に10ドル紙幣を2枚出して、

カミさんのベール代に、

と渡した。

ナビーダとカミさんは、大喜びして

彼らの荷物を持って車に詰め込んだ。

車は、リビヤの国際空港に向かって

走り出した。



空港では、ナビーダが手配をしてくれ

彼らは、パリ行きの機上の人となった。









「ダニー、さっきチェ・ゲバラを

『人違いだった。』と言ったのは……。」

栗須が、そこまで言うと、

ダニーがすかさず答えた。

「ナビーダが、白か黒かまだ分からない。

ゲバラの写真が、

キッシンジャに渡っていたからね。」

「CIA?」

「分からない。

何が、どうなっているのか……。

ただ言えることは、

『我々は、ゲバラには会えなかった。

写真は人違いだった。』

なら、ゲバラは安全だ。

リビアの将校と我々以外は、

誰も知らない。

知れば、

また殺し屋が彼を襲う。」

3人は、そのまま眠りについた。








★★★ 4 パリ ★★★



オルリー空港に着いた3人は、

夜のパリの明かりに、

心を沸き立たせた。

栗須が、宿泊について提案した。

「ユース・ホステルにしないか?」

「ユース?」

ダニーがびっくりして叫んだ。

栗須が説明した。

「去年、ユースを利用してヨーロッパを

回ろうと思ってた。

ところが、

こんな風に予定変更になってしまった。

ヨーロッパのユースに泊まりたくて……。」

「そうだな。

俺たちはみな学生だからな。

ユース・ホステルが似合ってるな。」

ビルが賛成した。

ダニーは、しぶしぶ了解した。

ユースの二段ベットが、

収容所を思い出させるのではないかと

思ったからだ。

インフォーメイションでダニーが

「モーリス・リベル」ホステルを聞き、

メトロの「モーリス・リベル」で

降りた。

公衆電話で予約をとり、

3人は、

パリの穏やかな空気を味わった。

3人部屋一人87フラン(約3ドル)で、

学生割引が10パーセントだった。

「しまった。俺たちは、

学生証明書をもってない。」

彼らは、とっくに没収されていた。





その日、彼らは、それぞれ、

ユース会員入会金とシーツ代と

一泊朝食付きで、

「287フラン」

(約10ドル)を払った。

栗須が申し訳なさそうにしていたが、

これによって彼らは、

あることに気付かされた。

彼らは、現在、

「無登録学生」

になっていたことだ。

それぞれの国の大学に

連絡せねばならない。

受付を終えて部屋に行った。

二段ベットではなく、

シングルベットが横に3つ

並んでいたのを見て、

ダニーが喜んだ。

シヤワーを浴びて、

3人はこれから、

8月までの四ヶ月間の行動を

話し合った。



ビルが、言った。

「それぞれの大使館で、

正規の『パスポート』を

取得することが先決だ。

自分たちが今持っているものは、

どれほど精巧なものであっても

『偽パスホート』だ。」

「中国製『偽パスホート』。」

「紛失の場合の再発行は、

どれくらいの日数がいるだろう?」

「問題がなければ、

3日から1週間か。」

「俺たちは、

問題がいっぱいあるけど。」

「本国から指名手配は

されていないから、

大丈夫だと思うよ。」

「それが終わったら、

『北ベトナム』と『中国』と

『アメリカ』のそれぞれの大使館を

回らなくては・・・。

また忙しくなりそうだ。」







3人は、その夜、

それぞれ久しぶりに夢を見た。





ダニーは、

パリの夢を見た。



凱旋門からシャンゼリゼ通を歩き、

コンコルド広場を右に曲がって

セーヌ川の岸辺を……、

だが、

自分がパリの真ん中に居ながら、

外から

パリの自分を見詰めているだけで、

どうにもならない夢だった。





ビルは、

イギリスの大学の事務所で、

「ローズ財団」の奨学金が打ち消され、

返金を求められて

四苦八苦している夢だった。





栗須は、

北京にいる光子が、

「糾弾」によって

打ちのめされ、

栗須に救いを

求めている夢だった。





次の日、



3人共、寝起きの悪い状態で

食堂に行った。

世界中の若者が、

集まっていた。

クロワッサンとサラダとコーヒーで、

ようやく目が覚めてきた。

3人は、その日の宿泊予約をして、

表通りのモーリス・リベル通に出た。



まず、

「ポラドイロ写真館」で写真を調達し、

彼らは地下鉄で、

パリ8区のオテル・ド・ボーヴォーの

フランス内務省に、

足を運んだ。

そして、ダニーは住民票とパスポートを

申請した。



3日掛かる事を知って、

ダニーはがっかりした。

この分だと

栗須の日本は何日必要か、

とダベリながら、

地下鉄クールセル駅から

すぐの日本大使館に行き、

栗須が、パスホート紛失届けと

再発行用紙を提出した。

係の女性は、

その日の夕方には出来上がる旨を

日本語で答えた。

3人は、驚きの声を上げ、

コンコルド広場の最後の

アメリカ大使館に向かった。

四階建ての頑丈な建物に入った。

今度は、

ビルの番だった。

紛失届けとパスポート申請を

窓口で提出して待っていると、

横のドアーから大使館員らしい男性が、

ビルに話しかけてきた。

「誠に恐れ入りますが、

あなたの名前と生年月日と

米国の住所を教えて頂けますか?」

ビルが答えると、

その男性は、栗栖とダニーには、

待つように指示し、

横のドアーにビルを招き入れた。

残された二人は、

狐に摘まれたような思いで、

締められたドアーを見詰めた。





数分経った時、

ビルが、部屋の横の中庭から

二人を呼んだ。

二人は、立ち上がって中庭に行くと、

中庭の端の部屋に二人を案内した。

中には、

なんとホンコンで別れた、

アメリカ国家安全保障担当

大統領補佐官

「ヘンリー・A・キッシンジャー」が

椅子に座っていた。

二人が部屋に入ると、キッシンジャーは、

立ち上がって二人と握手をして、

二人の無事を喜んだ。





「昨日、イギリスを回って、

今朝この大使館に来たところだ。

偶然、君たちと同じ日になった。

再会出来て、大変喜んでいるよ。」

そう言いながら、

優しい笑みを浮かべていた彼は、

すっと顔の笑みを消して言った。

「ところで、

『チェ・ゲバラ』は、どうだった?」

分厚い眼鏡の奥から、

3人の顔を見比べた。

「残念ながら、『ゲバラ』では

ありませんでした。

それで、早く帰ってきました。」

ダニーがそう答えると、

キッシンジャーは、

少し間をおいて言った。

「そう、それは残念だった。

マオ主席との約束は果たせなかったね……。

そうすると、今度は、

私との約束に取りかかることになるかな?

『アメリカと中国の対話』……。」

「そうなると思います。

なにしろあなたからは、

大量の軍資金を頂いていますから……。」

「それは、よかった。

必要な軍資金は、

私が出資するよ。

私個人からのマネーだが……。」

「分かっています。

我々は、正規のパスホートが必要で、

今日、

各大使館を回っていました。」

「ビル、君のパスポートは、

今作らせているから

すぐに手に入る。

君達はどうだね?」

ダニーと栗須を見ながら言った。

ダニーが、 「3日、いるそうです。」

と答えた後、 栗栖が、 「今日の夕方に出来るそうです。」

と答えた。 「それは、早い。

だが、日本はもうすぐ、

大変なことになるかもしれないね。」

キッシンジャーは、

含みある言葉を述べた。

「学生紛争?」

「そう。どう、転ぶか分かりづらい。

他国も頭を悩ましている。

が、今は、

どの国も大変な状態で、

日本に手を貸す余裕がない。」

「そうかも、しれません。」





「話は変わるが、

今晩夕食を一緒にしよう。

ホテルは、どこかね?」

「モーリス・リベル・ホステルです。」

「じゃ、そこをキャンセルして、

私と同じホテルにしよう。

遠慮はいらない。

リビアの疲れを取ってもらって、

次は、北ベトナムと中国が待っている。」





キッシンジャーは、

机の電話で大使館員を呼び、

モーリス・リベル・ホステルから

コンコルド・サン・ラザールホテルに

公用車で回るように告げ、

部屋を予約させた。

大使館員が部屋に来ると、

キッシンジャーは、

夕食の時に再会する事を告げ、

大使館員には、

ホテルで彼らに

洋服を購入することも命じた。





部屋を出ると、

先ほどの表の部屋に案内され、

ビルは新しいパスポートを受け取った。

そして、駐車場に回り、

公用車に乗り込んで、

パリの街を走った。





流れは、

すべてキッシンジャーの

手に委ねられた。

3人は、その流れに黙って乗った。







その日の7時に、

3人は、新品のスーツを着て、

コンコルド・ラザール・ホテルの

レストランで、

フランス料理のフルコースに

舌鼓を打っていた。



舌平目のムニエルにしても、

牛フィレ肉のステーキと

フォアグラの絶妙な味にしても、

生まれて初めて食べる美味しさだった。

キッシンジャーは、

3人の食べっぷりに

満足していた。



自分も久しぶりに

食欲が湧いてきたのだ。

ワインをお代わりして、

リビアの砂漠の話を

彼らから聞いていた

キッシンジャーは、

大学で教鞭を執っていた時を

思い出した。

彼らのように生き生きとした若者が

彼の回りにいつもいて、

その若さを自分のエネルギーにしていた。







キッシンジャーは、苦労人だった。



1923年



ユダヤ系ドイツ人として

裕福な家庭に生まれたが、

10歳の時、

ヒトラー政権になったため、

アメリカに家族で亡命し、

夜間の学校に通う傍ら、

昼間の稼ぎで家族を養った。

20歳の時、

アメリカに帰化。

ニューヨーク市立大と

ハーバード大で

「国際政治学」を学び、

ドイツ語訛りの英語で

ハーバード大の教師を続けた。

彼の説く

「安全保障条約」は、

「ケネディー大統領」が取り込み、

昨年の1968年に

「ニクソン大統領」が誕生した時、

大統領から直接説得されて、

「アメリカ国家安全保障担当

大統領補佐官」

に抜擢されたのだった。







ドイツ語訛りの英語を誇りのように、

キッシンジャーは、

三人の若者達に語りかけた。



「『リビア』は穏やかだが、

隣の「エジプト」と「イスラエル」の

戦争も、

そろそろ終わらせないとね。

中東全土に飛び火する。」





「ソ連は、

どう思っているのでしょう?」

ビルが尋ねた。

「ブレジネフ第一書記は、

内より外が好きらしい。

君たちは内に入って、

スターリン時代と

変わっていないことを

経験してきたが、

私が大統領補佐官になってから、

何度か彼と接触している。

詳しくは言えないが、

外に目を向けている。

上手くいけば、道が出来そうだ。

君たちがマオ主席やホーチミン主席に

尽力をつくしてくれるように、

個人的に

間に入って活動してくれている者が

ありがたいことに、いてね……。」

キッシンジャーは、

コーヒーを飲みながら続けた。

「……君たちは、

それぞれ大学がある。

退学はしない方がいい。

何年掛かっても

卒業はしとくべきだ。」

「私もそう考えています。

学生紛争が治まれば……。」

「日本の大学は、

ほとんどが閉鎖されている。

一月の東大安田講堂事件以来。

後一年は続くかもしれない。

来年の『日米安全保障条約』の

継続までは。

今は、国も学校も学生も、

身動きが取れなくなっているからね。

アメリカも同じだが。

その点、

パリはすっかり静かになった。

ダニー君がいなくなったからかな?」

ダニーの方を見ながら、

キッシンジャーは笑いながら言った。

「『パリ革命』の後、

フランス労働賃金25パーセントの

ベースアップは、

静かになりますね。

私自身には何の恩恵もないが、

労働者と家族は喜んでいるようです。

『富の分配』が必要です。」



「それは、どの国でも言える。

支配者が『強欲』になればなるほど、

世間は騒がしくなる。」







次の日、



三人は、エグゼルマン通りの

『北ベトナム大使館』を訪れた。

ダニーが受付の女性に

フランス語で、

大使に会いたい旨を伝えた。

「予約はしてありますか?」

との返事に、

ダニーが言った。

「こちらの大使には、

予約をしていないが、

本国の『ホーチミン首相』とは、

予約してある。

問い合わせてほしい。」

「分かりました。

しばらくお待ちください」

受付は、そう言って、電話をした。

すると、右側の部屋から

ベトナム人らしい

清楚な男性が現れ、

部屋に案内した。

「皆さんのことは、

本国から連絡を受けています。

よくいらっしゃいました。

お待ちしていました。

私は一等書記官です。」

と言いながら、

名刺を手渡した。



「それは、嬉しいことです。

今日参りましたのは、

アメリカの『キッシンジャー

大統領補佐官』からの伝言を

伝えに参りました。

お伝えしても良いでしょうか?」



「勿論です。」

「では、

『パリで、近々、

和平交渉を始めたい。』

とおっしゃっています。

そして、

『交渉に入るために、

どのような手続きをすればよいか?』

とおっしゃっています。」

「『どこかのホテルで、

大使級のクラス、

最低、月に一度。

通訳と筆記者を交えて四名、

一回目以後は、

その時に、

次の日取りを決定する。』

で、話しを進めたいと思います。」

「分かりました。

では、

一回目は、いつ頃に……。」

「八月ではどうでしょう……。

一回目は、

皆さんもご一緒してくだされば、

これまでの経過が分かると思います。

いかがですか?」

「八月の中頃なら、パリにいます。

できるのならば、

参加させて頂きます。」

ダニーは、ビルと栗須の顔を見た。

八月下旬は、リビアだが、

中旬なら大丈夫だ、

という顔つきをした。

二人は、頷いた。

すぐに、

キッシンジャ補佐官に電話連絡した。





次の日



ダニーは、

内務省で新しいパスポートを

受け取り、

その足で、ジョージ通りの

「中国大使館」の前に行き、

二人と落ち合った。

中に入って行って、受付で、

大使に面会したい旨を伝えて、

ロビーで待っていると、

どこかで見たことのある中国人が

側に寄ってきた。

栗須が、声を上げた。

「チョウ(張)さんじゃないですか?」

相手は、喜びながら笑顔で言った。

「うれしい、覚えていてくれましたね。

私はチョウです。

ありがと、ありがと。」

栗須と握手をし、

ビルとダニーとも握手をした。



二人は、その時、

この人物を思い出した。



香港のシラトンホテルで、

毛主席の連絡係として、

毛主席の書類と手紙を渡されたのだ。

「お待ちしていました。

リビアに行かれた後、

戻られたら必ずここにいらっしゃると

確信して待っていました。

さあ、大使は、

今ご不在ですが、

部屋にご案内します。」

そう言ってチョウは、

三人を奥の部屋に案内した。

椅子に座らせて、

すぐに話を持ち出した。

「大変ご苦労されたと思いますが、

成果はいかがでしたか?」

ダニーが答えた。

「お陰様で、

『毛主席』にお見せできるものが、

手に入りました。

連絡を執っていただけますか?」

「勿論ですとも。

今日、連絡して、

返事は明日ではどうでしょうか?」

「分かりました。

明日、伺います。」

「こちらから、お伺いします。

コンコルド・サン・ラザールホテル

でしたね?」

三人は顔を見合わせて

驚きの表情を見せた。

「申し訳ありません。

皆さんが

オルリー空港に戻られた時から、

手前どもの者が

皆さんの身の安全を考えて、

行動させて貰っています。」

「尾行?」

「別の言葉で言えば、

そうなります。」

「気付かなかった。」

「気付かれていれば、

尾行にはなりません。」

「その通りだ。」

「皆さんの身に危険があるときには、

守らせていただきます。」

「ありがたい。

では明日ラザールホテルで」

三人は、別れの挨拶をして、

大使館を後にした。

時々振り返ってみたが、

誰もつけてはこなかった。





次の日、早朝、

ホテルにチョウから電話が入った。

「本国と連絡が執れたが、

今から、

『中国』に行く用意は

できているか?」

「明日なら、出発出来る。」

そう答えたダニーは、電話を切った後、

すぐに、電話を取りながら言った。

「我々のパトロンの

キッシンジャー補佐官に

電話をしておくよ。」

と言って、大使館にダイヤルを回した。

交換手に、

キッシンジャーへの伝言を頼んだ。

キッシンジャーからは、

すぐにホテルに返事があった。

「中国に行くなら、

手紙を言付けたい。

今夜届ける。よろしく頼む。」

伝言を聞いた後、

ダニーが二人に言った。



「明日からまた忙しくなる。

今日は、ゆっくりパリを

観光案内しょうか?」

ビルと栗須は、

にっこり笑って賛同した。

二人は、パリに二度来ているが、

二度とも空港とホテルと

各大使館だけ行き来して、

まだパリの観光地には、

行ったことがなかったのだ。





凱旋門から放射線に伸びた道路は、

ナポレオンが整備した

世界でも美しい街だ。

石畳の道路のゴミは、

早朝の清掃ですべて下水道に流され、

建物の石は、

二十メートルの地下から採掘され、

二百年を掛けて造り上げられた。

ダニーは、

ホンダのレンタカー会社に行き、

スクーターを3台借りて、

パリの街を走った。




真夜中には、

パリの街を飲み歩いた。

3人に取っては、

初めての付き合い方だった。





早朝、ホテルに帰ると、

この間のアメリカの一等書記官が

彼らをロビーで待っていた。

キッシンジャーからの手紙と

分厚い封筒を受け取った。

封筒には、

ドル紙幣が数十枚入っている。





その後、

チョウがホテルのロビーに来て、

出発の用意をして欲しい、

と言う。

「朝の飛行機で、

ドゴール空港から

パキスタンに飛びます。」

「パキスタン?」

「そうです。

パキスタンが、

我々の活動拠点になります。」

「なぜ?」 「中国と国交を樹立している、

数少ない国家だからです。」





3人は、

二日酔いの寝不足の目で頷いた。



その後は、

チョウの指示の通りにした。





パキスタン・イスラマバード空港。





タラップから空港内に入ると、

消毒液の匂いが、彼らの鼻を突き刺した。

1時間の飛行機点検整備待ち時間だったが、

彼らは、別室に案内され、

脇にはパキスタンの警備兵が、

寄り添っていた。

眠ろうとすると、マイク放送が入り、

機内に乗り込んだ。

そして、3人は、ぐっすり眠りに入った。

パリの疲れを忘れるかのように。







★★★ 5 北京 ★★★  





北京国際空港に降り立ち、

部屋からフロアーを通り、

外に出る。と、

目の前にフランス製

大型リムジンカーが

停止していた。

数名の解放軍兵士が

待ち構えており、

敬礼してドアーを開ける。

栗須とダニーとビルが

中に乗り込み、

ソファーのようなシートに

どっしりと座った。

半年前と同じコースを走る。

あの時は、

拘束された囚人に

等しい状態だったが、

今は、国家の要人待遇だった。

回りの警備が

厳重であると同時に、

リムジンの窓はすべて

黒い防弾ガラスだった。

リムジンカーは振動もなく、

走りだした。

一時間程走って、

ちょっとした街の中に入り、

車は停止した。



降りると

飯店がそそり立っていた。

が、

その時、

メインストリートの向こうから

大勢の人々が

声を張り上げてやって来た。

先頭には、

藁(わら)をすっぽり被り、

頭に三角巾を巻いて、

後ろ手にロープで括(くく)られた

二人の男が

長い棒で叩かれながら

歩いて来た。

解放軍兵士が

先を案内して中に入ったが、

ダニーが英語で言った。

「あの『糾弾』が、

今もやり続けている!」

「あの『リー・ズンシィン』が言ってた

『糾弾』、

そして、『下放』!」

栗須は、

目の当たりに見た

この『造反』に、

またもショックを受けた。





飯店の中で、

雑炊と肉蔓と前菜という

簡単な食事をすませた栗須達は、

またリムジンに乗り込んで走りだした。

二時間ほど走ったところで、

『万里の長城』の下をリムジンは、

スピードを落として城門に近付き、

ゆっくり通り抜ける。

三十分程で、

今度は橋を渡り

広い道路に出た。

突然、

人間の大群に出会い、

車はスピードを落とした。



クラックションを鳴らし続ける。



人々の眼は、

険悪な表情だ。

大群の先頭には、

やはり十人前後の白服を着て、

後ろ手にロープで括られ、

頭には三角巾、胸には、

漢字で書かれたプラカードを

吊されている男女がいた。

「紅衛兵」は、

大群を横に退かせ、

後ろ手で、

ロープに繋(つな)がれた人々を、

足でけとばしながら横に退かせた。

数人が転んだが、

足で蹴り続けて移動させる。

また、リムジンはスピードをあげて

南下し、

大きな道路で右におれた。

道路脇に「東長安街」、

と書かれている。



少し走った時、

解放軍の一人が中国語で言った。

「ここが『テイエンアンメング

ウアウチャン』です。」

それと同時に標識が、

『天安門広場』にかわる。

車はスピードを落とす。

広場を通り抜け右に折れる。

そこには城門があり、

その上には、

10メートル四方の巨大な

『マオツオトン・ジュウシ』の

肖像画が、掲げてある。

肖像画が、

彼らを笑顔で迎え入れている

ように見えた。

その門の下を、

笑顔でリムジンが通る。

その門の上には

『天安門』と

大きな漢字が書かれてある。

そのまま車は北に進む。

次に

『午門』の下を通り、

『紫禁城』が、

飛び込んできる。

すぐ左に折れ、突き当たりを右に、

そして、左に折れると橋があり、

『中南海』と

かかれた標識にたどり着く。

橋の周りは解放軍兵士が、

自動小銃をもって警戒している。

車は停止する。

解放軍兵士が、二・三重になって

車の回りを囲む。

助手席の兵士が車から降りて、

警備兵舎に入る。





数分して車に戻って来た時、

包囲していた兵士は後ろに退く。

車は発進して橋を渡り、

美しく整備された住宅街を走りだす、

ゆっくりと。

すべては、

半年前と寸分違わず同じ進行だ。

車は例の門の前で停止した。

門は中から開かれ、

車は吸い込まれて行く。

停止し、ドアーが開かれる。



 栗須達は降り立つ。



「よくいらっしゃいました。

どうぞこちらへ。」

突然、

緑の軍服に紅衛兵の腕章を巻いた、

あの美しい中国人女性

「マウキンウン(孟檎雲)」が

英語で言って、

家の中に案内する。

3人は、やはり緊張した面持ちで、

輝く大理石の上を歩く。

そして、

奥の部屋に通された。

 ペルシャ絨毯(じゅうたん)の上に

テーブルと大きな藤椅子、

壁にはベルギー絨毯が額に入れられ

飾ってあり、部屋の隅には、

一メートル以上ある明朝時代の

陶器の壷が置かれた部屋で、

やはり、

半年前で同じだった。

そして、

正面の藤椅子が回転し、

その椅子に、緑の軍服と

赤地に黄色の腕章を巻いた

太ったマオツオトン・ジュウシ

(毛沢東主席)が、座っている。



ビルと栗須とダニーが、

声を揃えて、

英語で言った。

「マオツオトン・ジュウシ、

お久しぶりです。」

マオは、左手を挙げてそれに応えた。



マウキンウンが、

奥からお茶を運んできた。

ダニーが尋ねた。

「ポーリータィー?」

マウキンウンは、微笑みながら答えた。

「はい。お嫌いですか?」

「いえ、大好きですが、

報告を終えてからの方が……。」

マオキンウンが、

急須を布に包み直した。



「マオツオトン・ジュウシ、

これが、

『チェ・ゲバラ』の手紙です。」



と、ダニーが、内ポケットから

封筒を取りだして、差し出した。

マウキンウンが、それを受け取り、

マオツオトンに手渡した。

マオは、ゆっくり封を切り、

手紙を取りだして開き、

マウキンウンに手渡した。

マウキンウンは、英語で書かれた

『ゲバラ』の手紙を、

中国語に訳して伝えた。





内容は、こうだった。





「親愛なるマオツオトン。

君の私への友情を読み、

有り難く思っている。

私は、一度死んだ。

そして、

今ようやく生き返って

リビアで生きている。

カダフィー同士の力により

生き返った。

後の余生を

『カダフィー革命』に捧げる。

マオツオトン、

君のこれからの活躍を

願っている。

人民のための革命たれ。

アディオス、

マオツオトン主席。

チェ・ゲバラより。」





マオは、

身動きせずに籐椅子の中に

沈んでいった。

マウキンウンも3人の男達も、

ただじっとしていた、

魔法にかけられたように。





数分過ぎて、

ダニーは、もう一通

キッシンジャーの手紙を

マオ主席に渡した。

マウキントンが、やはり、

英語を中国語に訳していった。





「敬愛なる、

マオツオトン閣下。

私は、アメリカ合衆国

大統領の銘を受け、

あなたに重要な伝言を

致す名誉を授かりました。

中国と米国は、

長い期間、

不幸にして音信を絶って

おりましたが、

今回、

ニクソンアメリカ

合衆国大統領は、

閣下にお目に掛かり、

両国の友好な親善を

推し進めて参りたい

所存でございます。

ご連絡頂けますならば、

すべては、

閣下のお心の通りに

如何ようにも

取りはかります旨、

よろしくお願い

申し上げます。

 敬具。」





マオは、また、

身動きせずに、

籐椅子に沈んでいった。

マウキンウンと3人の男達も、

やはり、ただじっとしていた。





数分後、

マウキンウンが

ゆっくり立ち上がり、

ドアーから部屋を出て行った。 

3人は、ただじっと座っていた。





 その後、

マウキンウンが、

一人の女性を部屋に連れてきた。

光子である。

 栗須は立ち上がって、

国民服を着た光子と抱き合った。

数ヶ月ぶりの再会だった。

しばらくして、

マウキンウンは立ち上がって、

ポーリーテイ(普茶)を

入れ始めた。

部屋中、

まろやかな香りが漂い、

彼らを包んだ。



マオは、ポーリーテイを一口飲み、

マウキンウンに何かを告げた。

マウキンウンが、

英語で通訳した。

「『チェ・ゲバラには、

了解したことを伝えてくれ。

少しずつだが、

そうなるようにしていく。』と、

おっしゃっています。





また、

キッシンジャー

大統領補佐官には、

『近いうちに、

こちらから、

連絡させい頂く』

旨とのことで、ございます。」

ダニーたちは、

お礼の言葉をマオに述べた。

マオがまた、

口を開いた。

マウキンウンは、

同時通訳で言った。

「『光子さんを、

君たちにお渡しする。

よろしく頼む』

とのことです。」

光子は、

涙を流していた。





その後、

四人はマオの部屋を退出し、

客人用宿舎に移り、

くつろいだ。

夕食は、

関東風料理が彼らを歓迎した。



次の日、



四人は、

リムジンカーで空港まで送られ、

中華民国の飛行機で、

パキスタンのイスラマバードに行き、

ホテルで、

これからの計画を話し合った。





次の日、



パキスタンのイスラマバードから、

それぞれが、

自分の目的地に

向かうことになった。

ビルはパリ回りでワシントンへ、

ダニーはパリに、

そして栗須と光子は、

香港経由東京行きの飛行機に……。





8月15日に、



パリで落ち合うことを約束し、

出発した。











★★★ 6 ワシントンDC&

     ボストン  (ビル)★★★





 ビルは、

一年半ぶりのワシントンDCに

帰ってきた。

観光客が例年より多く

訪れていることが、

地下から地上に上がる

長いエスカレーターの

混みぐあいで知れた。



自宅に帰る前に、

役所で、ローズ財団奨学金の継続及び

「ロンドン大学」に復学する手続きをした。

そして、我が家に足を踏み入れた。





 妹が、ビルの首に飛びついて行き、

大喜びだった。

ただ、妹の顔色が以前よりも

悪くなっているのに気付いた。

 心臓ペースメーカーか、

それとも移植が必要な心臓は、

妹の身体を蝕んでいた。

が、「ペースメーカー」なら安いが、

「心臓移植」なら、1万ドル

(360万円)は必要である。

ブルーカラーの

1~2年の平均収入程である。





 ビルは、自分の机の上に置かれた

1年数か月の封筒の山を、

一部ずつ封を切って読み始めた。

その中に、

聞き覚えのない薬品関係の

会社のものが混じっていた。

覚えのない会社の封筒の中に、

次のような文面があった。



「……以上の観点から、

この度株主さまには、

最大限のお礼を兼ねて、

下記の無償をお贈り致したいと

決定致しました。……」



次のページに

『6月末日の記載ある氏名の株主に、

《1株に対して200%》の

無償をする。』



ビルは、その意味が

よく理解できなかった。

まず、ジャスダックのこの企業名に

見覚えがなかったし、

記憶にもなかった。

しかし、

ビルの名義の持ち株

1000株が、

無償によって

20万株に

変更されているのである。

新聞の株欄で確認すると、

1株25ドルとあり、

20万株なら500万ドル

(日本円1800万円)になる。

ふとビルは、

あることを思い出した。

「まさか……。」

と独り言を述べて、

自分の部屋に行き、

手箱を開けた。



その中には、

ビルがイギリスに留学に行く時に

整理して入れた書類がある。

一枚ずつ確認しながら、

一通の封筒を持って、

先ほどの居間に戻った。

封筒には、

ある証券会社の名前が

書かれてあった。

封を開けて、

何枚かの書類をめくり、

ある書類のある部分に

目が惹き付けられた。


『……医療専門の心臓移植学会

直営株式会社……』


と書かれてあった。

次の書類に、

日付とビルの名前があり、

「1000株・・・$1200―」

とあった。

その時、ビルは一年前のことを

はっきり思い出した。

ローズ財団から、

一年間の「ロンドン大学」留学費用として、

「1万2千ドル」が

彼の口座に振り込まれ、

その十分の一の1200ドルを、

妹の心臓手術のために、

「心臓移植学会」直営の

小さな会社の株を

買っていたのである。

それが、1年半で、

具体的な業績をあげ、

(すべての心臓移植が成功し)、

年間の収入は

膨大な数字になっていた。

 そして、

「1株に対する200%無償」を

実行したのだった。



 アメリカでは、

企業の株主が、

会社にとっての絶対的権利があり、

それに報いるのが

経営者であることが

徹底されている。



 ビルは電話を取って、

スタンフォード大学付属病院に

電話を入れた。

そして、妹の名前を述べて、

「以前、

免疫適合性検査をして貰っており、

『心臓移植』の申込みをしたい」

旨を伝えた。

すると、先方は、

 「マサチューセッツ総合病院でも

心臓移植は行われており、

ワシントンからなら、

そちらの方が近いので、

そちらで申込みをしてみてはどうか?」

 というものだった。

 ビルは、考えた。

マサチューセッツ州のボストンなら、

飛行機で1時間である。

「紹介状をマサチューセッツ

総合病院に送って貰いたい。」と頼み、

すぐにマサチューセッツ総合病院に

健診の予約を入れた。

株を売れば、

妹の手術費に充てられる。

スタンフォード大学の

サムウェイ教授らのメンバーに

感謝した。

すぐに妹にそのことを告げたが、

嬉しさと手術の不安が交錯し、

彼女は泣き崩れていた。

母親がなだめながら言った。

「人生は、決断することで

初めて改善されるのよ。

あなたの心臓も改善されるわ。」





  数日して、

ビルは妹を連れて、

ボストンのマサチューセッツ

総合病院を訪れた。

心臓移植の担当は、

イギリスの

オックスフォード大学の教授で、

スタンフォード大学の

サムウエイ教授と共に

世界で初めて

「ハート・トランスプラント

(心臓移植)」を成功させた

スタッフだった。





病院には、すぐに

「免疫適合性検査」を

始めるために、

妹を入院させた。

この検査が「心臓移植」には、

初期の最も重要な検査で、

患者(レシビエント)の血液と

提供者(ドナー)の血液が、

ぴったり適合するかの

中心作業である。





ビルは、母親に病院のことを頼み、

病院の周りのブロッソム通りを

のんびり歩いた。

1年半ぶりの

アメリカの自由の喜びを

満喫して歩いた。

誰からも束縛されることなく

好きに歩き回れる、

これほどの喜びが他にあろうか?



左のサイエンスパークの芝生を

眺めながら通りを歩いて

「ホリデーインホテル」に入り、

予約をいれた。

妹の検査が

数日かかるらしかったからだ。

チェクインにはまだ早いので、

外に出て右に回り、

ワンロックを過ぎて右を見たとき、

心臓が破裂しそうなものを見た。

5~6メートルはある高さの塀が

ずっと続き、壁には

「SUFFOLKCOUNTYJAL

(サフォーク郡刑務所)」と

書かれてあった。

ビルは、体中から冷や汗が流れた。



1年前のソ連のシベリア刑務所の

過酷な酷寒労働が彼を包んだ。

息苦しいものが込み上げ

嗚咽(おえつ)した。



 ここはアメリカ合衆国だ!!

彼は、自分に言い聞かせた。





 3日後の、早朝、

マサチューセッツ総合病院から

ホテルに電話がかかった。

すぐに病院に来てほしい、

という内容の伝言である。



 ビルは、すぐにホテルから

マサチューセッツ総合病院に走った。

妹に異変が起こったのでは、

という不安が彼を襲った。



 息を弾ませながら病院に着くと、

ドクターは、



「ドナー(提供者)が現れた。」



ということだった。



今朝、

総合病院から目と鼻の先の位置にある、

ボストン北駅前のトラバース通りで、

交通事故があり、

脳死が判定された、

20歳の女性である。

 ビルは、

母親と相談し、

妹にも確認して、

立会人としてサインをした。

心臓移植の心臓は、摘出後、

「6時間」しか保存時間がない。

心臓は、すでに確保されている。

妹は、軽く手を振って

手術室に入って行った。

そして、





4時間後、



手術は成功した。





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北京 

第一章   白夜のささやき

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第二章   カットグラスの輝き

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第三章   裁き

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第四章   轟(とどろ)き・・・

         (ダニーの話)

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第五章   ラーゲルの吹雪(ふぶき)

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第六章   殺人の痕跡・・・

         (ドクター荻野の話)

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第七章   「アッシュ」の手引き・・・

          (ビルの話)

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第八章   偽装の閃(ひらめ)き

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第九章 ダイヤモンドダストの瞬(またた)き

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第十章   若き紅衛兵の嘆き

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第十一章  マオ・ジュウシの駆けひき・・・

          (五人めの妻の話)

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第十二章 ハッカ(旅する人)の呟(つぶや)き

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第十三章  飛べ!低く飛べ!

(チェ・ゲバラの話)

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第十四章  リビアンスター・・・

          (リビアの星)

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