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37・★「 フランス 『 モン・サン・ミッシェル 』  と、



大石 良太 画伯 」

2018(平成30)年6月



羽田から 「 12時間 」 で ようやく 「 パリ 」 に着きます。

そして、パリから高速道路を西に、

イギリスとの境のドウバー海峡のノルマンディーに向けて、 

「 370キロ 」

目的地の「 モン・サン・ミッシェル 」に・・・・・・

ひたすら牧草地帯を走り、

羊・牛・馬・・・を眺め、

時々、こっくりさんになりながら 「 5時間 」、

まず、町の「案内板」が目に入ってきました。






 「 2018年6月9日  17時02分 」 

 車でまるまる パリから 「 5時間 」です。 





牛の模型が並ぶ スーパーマーケット




「モン・サン・ミッシェル」に一番近い、

「 ルレ・サン・ミッシェル ホテル 」





ホテルから撮ったモン・サン・ミッシェル





モン・サン・ミッシェルで有名な やわらかい「 オムレツ 」









美味しかったです。





モン・サン・ミッシェルは、すぐ側です。



シャワーを浴びて、早めにベットに入ると、

すぐに、熟睡です。







いよいよ、早朝 「 モン・サン・ミッシェル 」へ


町の中を走る「 無料 」の「トロリーバス」に乗って・・・・・・






あいにく、この日は、朝霧が出て、ぼんやり・・・・・・








「モン・サン・ミッシェル」の案内図



しかし、入門する頃には、霧はどこかに消えていき、




目の前にあらわれました。

素晴らしい迫力です。



「王の門」から入場すると、


すぐに、メインストリートです。

朝一番 なので、

人はいない 「独り占め」 です。、

昼からならば、

ここは、大阪なら「心斎橋・・・」、

東京なら「表参道・・・」のように


混み合っているはずです。

でも、今は、朝一番の 「 貸し切り 」です。

周りは、ホテルや土産物屋やレストランです。



そこを過ぎると、

すぐに、「巨大な城壁」が目の前に現れます。

「城壁」の上から、もう、人々が、「大西洋」を眺めています。










モン・サン・ミッシェルの成り立ちは、

709年  司教オベールが夢の中で

 「大天使ミカエル」から

   「この岩山に聖堂を建てよ」と

お告げを受け、

ここに礼拝堂を作ったのが始まりです。

966年  ノルマンディー公リチャード1世が、

ベネディクト会の「修道院」を

       ここに建て、その後増改築を重ねました。







13世紀・・・・・・・ ラ・メルヴェイユが建設され、

現在のような形のもとが出来上がり、

14世紀・・・・・・・百年戦争の間 修道院は 「閉鎖」 

そして、「 要塞 」になりました。

          干満の差が激しく、

「 不落の要塞 」となったそうです。

18世紀・・・・・・「 フランス革命 」時、

王側である反革命派の 「 監獄 」として使用されました。  

1865年・・・・・・修道院として復元、

1979年・・・・・・ユネスコの世界遺産に登録、

2014年・・・・・・対岸と島を結ぶ新しい橋が開通し、

環境のため、乗用車は、「乗り入り禁止」 で、

 電気自動車のトロリー車を走らせています。

千数百年かけて、「修道院」から「要塞」に成り、 

「要塞」から「刑務所」に、「刑務所」から

今は、「修道院」でおさまっています。






大天使「ミカエル」である

 「サンミッシェル」 の教会のために建立されましたので、

現在もこの島の塔の[ 天辺 ]には、

ミカエルこと「 サンミッシェル 」の彫像が君臨しています。







 

ところで、

この巨大な石の建造物で、

その「石」はどのようにして持ってきたのでしょうか。

それを解決するには、「 石 」そのものにあります。



  よく「 石 」の表面を見てください。








各 「石」には、記号や文字が彫り込んであります。



これは、

それぞれの時代に

この修道院(島)に運んできた人達が

自分の記号を刻み込んでいます。

そして、その石の数の賃金を貰っていたらしいのです。








 

この台車の中に2~3人入り、

歯車からロープを下に下ろし、

さっきの「石」や「食料」を上に運びあげていたそうです。






内陣(本堂)






内陣(本堂)






内陣(本堂)






内陣(本堂)横の食堂






中庭もあります。 ロマネスク調









モン・サン・ミッシェルを立ち去るとき、

「モン・サン・ミッシェル」の「 来院書 」

(修道院に訪れた証明書)を、

頂きました。










話は変わりますが、



私がこの「モン・サン・ミッシェル」に来るきっかけは、



昔からの知り合いである、

「 大石良太 」画伯です。



それは、



大石画伯が

昨年(2017年)の6月に、



テレビ局からのインタビューに



答えているのが放送されました。













































[ モン・サン・ミッシェル ]の文字が、

  頭から離れません。

  《  行ける時に行こう  》

  そう思い立って、

  旅行社「HIS」のツアーで、

~~~イタリア周遊& モン・サン・ミッシェル&パリ10日間~~~

があり、参加しました。





「モン・サン・ミッシェル」に到着するや、

すぐに「大石さん」に電話をしました。

(正しくは、「ホテルの方に連絡をして貰いました。」です)

連絡がつき、

  大石画伯と奥様が、ホテルに、

私達を車で迎えに来てくれました。

大石良太・陽子御夫妻とは

「ベルサイユ」以来の出会いです。

奥様の陽子さんは、

昔、私と同じ 「 学園 」の

  先生をなさっておられて、

それがきっかけで

お知り合いになりました。





大石ご夫妻です。







大石画伯は、



「ベルサイユにおける30年を超す創作活動」で

ベルサイユに「貢献した功績」で、

2017年4月21日通知、同年11月9日、

 フランス共和国文化庁から

「 芸術文化勲章 」を授与されました。

大石良太画伯の  「 芸術文化勲章 」 です。


























最近の作品を見せていただきました。





























「モン・サン・ミッシェル」の油絵 「100点」 を制作中です。

素晴らしい作品です。



昔、1994年、 

今から「 24年前 」

  パリの側の 「 ベルサイユ 」で活動されていた時、

大石良太画伯と奥様の 陽子さんご夫妻に

私達家族は、

1週間

お世話になりました。

  ありがとうございました。





  これからも、

  大石画伯の活躍を応援しています。

















付録ですが、

「モン・サン・ミッシェル」に行って帰ってから、

12時間の「時差ボケ」と「疲労」と熱中症(?)のため、

2~3週間 体調が悪く、

頭の中が「ボンヤリ(うつ病状態)」していました。



そこで、八月初旬  宮城県の「鳴子温泉」を予約し、

行ってきました。

有り難いことに、それ以後、「ぼんやり」がなくなりました。

「鳴子温泉」については、このHPの 「 いろいろ紹介 」のページの、

「 81 鳴子(なるこ)温泉 」をご覧ください。